“転んでもただでは転ばない”柴田綾子先生①/未来を描く30人の医師のライフストーリー

医療4.0に登場する未来を描く30人の医師のルーツと半生、その生き方に迫る”医療4.0×医師ラボ“企画。今回はLINEボット「ラッコの妊娠相談室」を運営する柴田綾子先生にその半生を語っていただきました。

(この記事は8/19に行われた医師ラボ朝活の内容の一部を記事にしたものです)

柴田 綾子(しばた あやこ)

「ラッコの妊娠相談室」運営、淀川キリスト教病院産婦人科

名古屋大学情報文化学部卒。2006年、群馬大学医学部に3年次編入。沖縄県立中部病院での初期研修を経て、2013年より淀川キリスト教病院(大阪市東淀川区)産婦人科に勤務。産婦人科専門医。共著に、『女性の救急外来 ただいま診断中!』(中外医学社、2017年)。

大阪の淀川キリスト教病院で産婦人科してます、医師八年目の柴田綾子と申します。
土日の過ごし方はこんな感じです。

経歴

もともと医学部に入りたかったのですが失敗。名古屋大学情報学部に入り、卒業までの間に海外、特にアジアに旅行に行きました。
発展途上国で女性や子供が弱い立場にあるなあと旅行中に実感し、発展途上国で働きたいという想いがあったので、母子保健ができる職業をということで、群馬大学医学部に入りなおしました。

ただ、医学部に入った後も旅行癖が消えず、ひたすら休みに旅行に行くのを繰り返していて、留年したんです()
その間に、ただ留年するだけだったらもったいないので「転んでもただでは転ばない」ということで、アメリカのUSMLE(アメリカの医学部国家試験)を留年中にとろうと、英語の勉強を頑張りました。
留学はできなかったんですけど、
医学部中に医学英語に触れていた経験が、今、論文を読むってことに役立っていると実感しています。

医学部の5,6年ごろから産婦人科医になりたいと思っていたので、お産がたくさん学べるところということで、初期研修は沖縄の県立病院の産婦人科コースに入りました。ただ、年齢も高いし、初期研修で体力を使い果たしちゃったんです。
それで、お笑いも修業したいし…ということで大阪に移住しました。

これはですね、ぶっちゃけて言うと、正しいことを言うだけでは伝わらないなって初期研修で分かったってことなんです。
初期研修って、救急車がとにかく来て、救急室で悪くなってる方を見るんです。
そういう方って、
言っても言っても響かない。そもそもみんな、言ったことを聞いてわかってすぐできたら苦労しねえよって感じなんです(笑)

メッセージをのせる時、うまくささるにはどうしたらいいんだろう?と思っていました。
プレゼンを見て、面白かったり上手だったりしないと、言いたいことも伝わらないし、伝えたいことも伝わらないんだろうなと思い、
漫才の人たちを見て、やっぱりこの人たちうめえな、こういうの真似したいなと思ったのが、大阪に決めたまともな理由です。
まともかどうかわからないですが
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“ビジネス”の領域へ

今は、女性の健康支援、ヘルスケアビジネス、医学教育、SNS発信に関心があります。

なぜヘルスケアの“ビジネス”が入るかっていうと、少し理屈っぽくなるんですけど、医療の中では悪くなった人を治していくことしかできないんですね。
自分は病院の中でしか患者さんに会えないし、患者さんという形でしか入ってこない。

でも、もっと悪くなる前に何かできないか?と考えると、悪くならないと病院に来ないから、今、社会の中で働いてるとか元気に過ごしてる人たちにもっと健康になってもらうためには、医療とはまた別の資金を使わなければいけないと思いました。

生活の中に入っていくためには、ゲームとかビジネスとかそういう“ヘルスケア”っていう領域に入っていかないと
“予防”を医者としてするには医学の中だけでは難しいと気づき、ビジネスを学びたいなって思ったのがきっかけです。

国際保健の深さを知る

もともとは、国際保健、国際協力って言ってたのはどこに行ったのか。

学生の時、山本敏春先生の、本当に必要な、役に立つ国際協力とは何なのかについて書いてある本を読みました。


結局、うまく協力とか援助とかしないとその人たちの自立心を壊しちゃうんですよね。

外からのお金を入れれば入れるほど、地元の人たちはその援助に頼ってしまうし、地元の人たちが頑張って作った製品も、外から入ってくる援助の物資でつぶされてしまう。
1回だけ行って援助終わり、建物造って終わり、という援助は継続しないわけです。

この本を医学生のときに読んだ時に、国際協力ってものすごく深くて、自分のライフを賭けてやるものなんやと思い、自分にそこまでは難しいのではないかと思ってしまったんです。
職業として国際協力をやると決めたら、とことん相手の役にたつ形でやらないといけないし、中途半端にやったら逆に相手の害になってしまう。
自分はそこまではできないなと思ったきっかけがこの本でした。

ただ何もしないかというとそういうこともなくて、直接は行けなくても別の形で支援することはできるかなと思って、今は経済的な支援を行っています。

産婦人科の道へ

なぜ産婦人科かよく聞かれるんですけど、お産がめちゃくちゃすごいなと思ったんです。
今も当直とかでお産に立ち会った時は、おなかの中から赤ちゃんが出てくるんだ!って毎回思います。
お産は何回やっても全然わからないというか、うまくコントロールできない。
お産というのを職業にして立ち会っていきたいと感じ、産婦人科を選びました。

また、直接の国際協力は無理だけど、自分のできることを少しずつやっていこうと思い、7年間勉強したことをまとめたくて書いたのがこの本です。産婦人科の教科書ってすごく難しいので、若い自分が研修医の目線に近い立場で伝えられるんじゃないかと思ったんですね。

ただ自分も、初期研修で命に関わる緊急疾患ばかり見ていて救急はできるようになったんですけど、女性の健康ってそれだけじゃないんです。
予防とか今の健康をどうやって続けていくかとか、そういうところはまだまだ勉強できていないと思っています。

例えば、若い人の望まない妊娠とか性感染症とかすごく多いんです。ただ若い女性ってなかなか産婦人科に来れないじゃないですか。
何かしたいな、とりあえずやってみようと思い、LINE botを作りました。

でも、これでも使いにくいと思っちゃうんです。

LINEは友達になってもらわないと繋がらないし、正しいところを選ばないとうまい回答に辿り着かなかったりする。
今、ネットにこれと似たような情報は溢れてるので、あえてこれに辿り着いてもらえるかといわれるとまだそこまでは達していないので、これからも試行錯誤を続けていきます。
これからは更年期症候群、性感染症、不妊とか癌とかも含めて、ヘルスケアの領域をやっていきたいですね。


とにかく自分はユニークであるということにこだわっているので、人がやっていないことはとりあえずやるっていうことを目標にしています。

結局は、産婦人科医ってめっちゃいるし、産婦人科の中で偉くなろうとは思ってないので、自分のポジションをどう作るかというのは自分が得意分野を作っていけばいい、と意識してやっています。

柴田先生の考える“キャリア”とは!?続きはこちら

 

<文=松崎香子>

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